3/25 19:00~19:30+50
太陽光を浴びるのも健康法の一つだ。
というか、ずっと浴びない状態で過ごしていたら何らかのビタミンが欠乏する。
だから今日は外へ出て、庭でTwitterをすることにした。
我が家は田舎ハウスの例にもれず花壇がある。
名も知れぬ雑草たちが旺盛に生えたそこに、2匹のナメクジを見つけた。
同じ場所に2匹とは、もしかしてつがいなのだろうか?
どちらがオスでどちらがメスなのかは見当もつかないが。
スマホで調べてみると、どうやら雌雄同体のようだ。
1匹では何も出来ないが、2匹になると途端に両方とも産卵するのだとか。
随分と特殊な性癖を持った方々が自然界には居たものである。
メス堕ちカクレクマノミ以来の衝撃だ。
しかし、当人? 当生物たちにとっては至って普通のことなのだろう。
寧ろ、やれ性差だ、やれジェンダーだと常日頃から喧々諤々の口喧嘩をしている人類を、ナメクジたちは草葉の陰で嘲り笑っているのかもしれない。
だが、どんなにジェンダーフリーで優れた生物であろうと、他人の庭で盛ってもらっては困る。何より私はヌメヌメしたデザインの生物が、昆虫の次に嫌いだ。
見るも悍ましいナメクジどもに塩をかける。
そして、塩のかけられたナメクジがどのような反応を見せるのか、つぶさに観察してみた。
ナメクジは塩で溶けると言うが、塩に触れた瞬間に体組織が消滅して消えていくわけではないらしい。
全ては水と塩の蜜月の関係、つまりは浸透圧によってナメクジは萎むのである。
詳しい原理は知らんが、塩分濃度の薄い水と塩分濃度の高い水を隣り合わせにすると、塩分濃度の高い方へ水が出て行ってしまうそうだ。塩分さんは人気なのだなあ。しかもこれは、ナメクジに限った現象ではなく、人間の身体の中でも浸透圧が働いていると書いてあった。
万物の霊長といえども、塩分による水分のNTRは防げないのである。塩分の摂りすぎには気をつけよう。一方で、塩分の欠乏すると今度は独身の身体を持て余した水分たちが溢れかえり、なんやかんやあって死に至るので注意したい。
塩をかけられたナメクジはまず、身をよじり塩を振り払おうとする。
頭部に塩が当たった場合には、首を引っ込めて塩から逃れる。
落とせるだけの塩を落としたら、彼らは一目散に逃走した。
この辺はなんだか反応が人間とさして変わらないように見えて親近感が湧く。
もしも人間の街に毒の雨が降ったら、似たような光景が見られるだろう。
逃げ出したナメクジの残す粘液の跡が、普段よりも濃い気がした。いつも目にするのは透明でわずかに光る程度のものだが、この時のものは明らかに白く、また量も多い。塩と、塩によって体外へ排出された水分量によるものだろうか。
2匹のうち、1匹は近場の石の下へ。もう1匹は隠れる場所のない土の上を爆速で駆けていく。土の上を逃げている方が体格に優れ、体力もあるようだ。縮んでもなお、アンダーストーンナメクジの元の大きさと同程度であった。
ここで、私は一つの閃きを得る。
塩でナメクジが死ぬのは、塩が劇毒なのではなく、身体に対しての量が多すぎるのが問題なわけだ。つまり、塩に限らず大量に摂取したら人間が死にそうなものは、ナメクジにかけても死ぬのではないか……?
そこで、カレー粉とチリペッパーを用意した。
カレー粉はなんか、たくさんスパイスが入っているから、そのうちの一つくらいには大量摂取したらマズいものが含まれているだろう。ナツメグとか。チリペッパーは、こないだ大量にふりかけたカレーを作って食べたら汗が止まらなくなって最終的に震えが来るくらいになったので、勝手に危険物認定をした。
丁度よく2匹いるので、それぞれで反応の違いもわかりやすい。
まずはカレー粉。
降りかかる粉末に対して身をくねらす反応を見せ、その場から移動を始めたものの、塩と比べると反応が鈍い。カレー粉が背中に乗ったままでも大して気にしてないようだ。ナメクジにカレー粉は効かないのか?
次にチリペッパー。
振りかけると一瞬、大きく反応した。塩と同じくらいに身を動かす。だがそれも、最初のうちだけだった。再度かけてみる。するとわずかな時間、警戒を見せてくれるが、すぐ意に介さなくなる。背中に赤い粉末を乗せたまま、その場から動こうともしない。
ナメクジ2匹は何事もなかったように地面を這っている。
もしや、最初の塩で体力の大半を使い尽くし、逃げるだけの余力がないのではないかとも思った。
もう一度、両名に塩を送る。
ちゃんと、もがき苦しんでいる。
体力の問題ではなかったようだ。
カレー粉とチリペッパーはナメクジに有効ではない。
……認めざるを得ないだろう。
予想を外れた結果に落胆してしまう。
仮説を思いついた時の期待感が高いほど、空ぶった時の失望感も一入というものだ。塩だけに。
興味も失せてしまったので、ナメクジは当初の予定通り処理することにした。
大量の塩を被せる。
塩小さじ1による範囲攻撃。
逃げ場など無い確実な終わり。
カレー粉とチリペッパーの時の反応が嘘だったかのように、彼らは大きく身を捩じらせ、左右に揺らす。かけた塩が多く、重いのだろう。どれだけ暴れても、塩を振り落とすことは叶わない。何度目かで背を下に向けたまま、起き上がることが出来なくなった。横たわり、宙に突き出した腹の向こう側、透ける黄色い内臓が激しく蠢いている。
あまりに苦し気な様子を見せるものだから、こちらまで落ち込んでしまいそうになる。
ふと、志賀直哉の『城の崎にて』を思い出してしまった。
串を刺された鼠が、石を投げつけられながら、水路で必死に藻掻く場面。
死後の世界は静寂だと言うが、死ぬ直前の瞬間とはとても苦しく騒乱である。
なんだか物悲しい気分になってしまったので、ナメクジもそのままに花壇を後にした。
決めた30分という時間もとうに過ぎてしまったので、今日はここまでにしよう。