それは15年後のとある春の日のことだった。

幼稚園の卒園アルバムを開けば、将来の夢を書く欄には"けーきやさん"と書いてある。

今となっては一つ前の元号の、それも結構昔の思い出ではあるが、幼稚園生だった頃の記憶は意外と仔細に残っていた。

えびす様のような穏やかな顔をしていた園長先生。毎朝泣きながらやってくる俺をよく慰めてくれたマサコ先生。

流行りの芸人の真似がやけに上手いヒロキくん。ゴジラの話を延々と繰り返し結局名前も言わずに去っていった女の子。

母のお弁当にデザートとしてたまに付いてきた、湿気ってふにゃふにゃのホットケーキ。階段の踊り場の窓から眺めた雲の空を行く速さ。

そして、隣の席の子が書いているのを見て、真似て自分も書いてみた"けーきやさん"という将来の夢。

今の自分は、あの日なんとなく想像した「将来」という時間に立っている。

別に本気でケーキ屋さんになるつもりなんてほとほと無かったし、特に思い入れもない。後で卒園アルバムを見返した時に、クラスの可愛い女の子も将来の夢欄に"ケーキやさん"と書いていて少し嬉しかったくらいだ。同時にその女の子がケーキをカタカナで書いていた事にも、憧れの念のようなものを抱いた。

正直、自分が将来どんな風になっているのかは今まで全く想像できなかったし、それは今でも全然変わっていない。

きっと就活生になったら色々業界研究とかせねばならんし、志望職種とか決めなあかんから、来るべき時が来たら如何にええ加減に生きてきた己でも、流石に何かやりたい事を一つくらい見つけて、目標に向けて多少は日々努力しとるやろ!

だがしかし。

生来の性根は如何ともしがたく、ええ加減に生きてきた己は、まさしくこれ以上なくええ加減にナァナァな形で就活の終了を迎えることになる。

実働五日、一週間以下。

それで内定が出てしまった。

うわー、先に就活始めてる皆、お祈りメール送られてめっちゃ凹んでるな〜。まぁ俺はテキトーな男やから、お祈りメールを送られてもメンタル病んだりせぇへんけどな!

お祈りしてもらえなかった。

祈れ、俺の益々のご活躍を。

お体に気をつけてお過ごし下さいと、俺の先々の健康を気遣え。

まぁ気遣われたところで俺の健康はもうかなりボロボロの状態だがな。 

キミ、普段はお酒とか飲むの?

こちとら絶賛禁酒中♪

ドクターストップ受けとんじゃい!

それはさておき。

俺の就活は終わってしまった。

始まらないままに、終わってしまった。

夢も希望も関係ない。

そこにあるのは無味乾燥な結果だけ。

結局オマエは最後の最後まで、将来の夢を得ることは叶わなかったなァ!と、神か何かに嘲笑われている気分だ。

しかし、これが似合いの結末なのだろう。

幸いにも、人事部のお姉さんは可愛い。なんなら説明会に行った企業の中でも一番可愛いお姉さんがいる会社だ。推せる。それだけで会社を推せる。会社選びの動機なんて、それくらいで充分なのだ。

本当は敬愛すべきダメダメな諸先輩方を見習って、留年就職浪人卒業後公務員試験挑戦十二月内定等々を覚悟して、二年くらいは就活を続ける腹積もりでそのための布石も仕込んではいたが、五日で内定を出されちゃあ仕方がない。四年生は遊び倒そう。

幼稚園の頃の俺には申し訳ない気もするが、でも隣の席の子の将来の夢を真似て書くような奴に責められる謂れもない。

 

諦めてふわふわ生きろ。